2008年 中冨記念くすり博物館だより

1月号/No.152 ユズリハ2月号/No.153 オウバイ3月号/No.154 タンポポ4月号/No.155 レンゲソウ5月号/No.156 エゴノキ6月号/No.157 オオバコ7月号/No.158 ユキノシタ8月号/No.159 ツユクサ9月号/No.160 キク10月号/No.161 ヒオウギ11月号/No.162 ハゼノキ12月号/No.163 サザンカ
ユズリハ 1月号/No.152 
ユズリハの葉は、深緑色の表面に、裏は白緑色をして、初夏に若葉が伸び始め、秋になると前の年の葉が落下することから、譲葉(ゆずりは)の名が付きました。
古い葉と新しい葉がまるで世代を譲るかのように入れ替わる。その様が家が代々受け継がれていくことに見立てられ、お正月飾りや祝い事の縁起物として用いられます。庭木としても好まれるのも、そんな理由からです。
くすりとして用いるのは、樹皮と葉。しらくもなどの寄生性皮膚病に効果があります。
天空に向かって伸びる葉は、降り注ぐ太陽と月の光をいっぱいに浴びて。その輝きは絶えることなく、親から子へと…。
大きく、滑らかな葉をしたユズリハは、命の営みがいつまでも続くよう守ってくれているのでしょう。
ページトップヘ前のページに戻る
オウバイ 2月号/No.153 
オウバイが花開くのは早春の頃。まだ寒々しい庭に、淡い黄色の花が温かな色をさしてくれます。
ウメと同じ頃に咲き、花の形も似ていることから黄梅(オウバイ)と名付けられましたが、バラ科のウメに対して、オウバイはモクセイ科の植物。
原産の中国では、この花を『迎春花』と書き表し、外の花より早い春を運んでくれるとして、古くより栽培されています。
日本に伝わったのは江戸時代の初め。
美しい花色を愛でるだけでなく、花穂と葉に利尿の効き目があります。 花が咲いている時季には葉がないのですが、冷たい冬に黄色い蝶が待っているかのような姿に心惹かれます。
ページトップヘ前のページに戻る
タンポポ 3月号/No.154 
香り始めた春の野に、ひょこり顔を出す可憐なタンポポ。ひときわ目立つ黄色の花に、誰でもが心躍る春を感じることでしょう。
くすりになる全草は、蒲公英(ホウコウエイ)という生薬で、解熱・発汗・利尿の効果が。また、葉や茎から出る白い汁には傷口をふさぐ効果もあります。
種が舞い降りた場所で花を咲かせ、どことも知れず、または種を飛ばすタンポポ。それぞれの場所で、花咲く数だけ夢が叶うような気がしていた幼い頃。綿毛を飛ばすことを楽しみにタンポポを探したものでした。
ふぅっと飛ばせば、青い空に綿毛が溶け込んで…。
ページトップヘ前のページに戻る
レンゲソウ 4月号/No.155 
心地まで春色に染まりそうな陽気の春。
花と若草の色が目にも柔らかで田畑には桃紫色のレンゲソウ。田植えの前のどこの田んぼにもレンゲソウが一面に広がっていた、ほんの一昔前。それは化学肥料が使われるようになるまで、肥やしとされていたからでした。
そんな活躍をしていただけでなく、のどの痛みを抑え、切り傷の止血に、種は目の疾患を改善する効き目もあります。
花の絨毯と呼ぶにふさわしいレンゲ畑。その美しい春の風景を目にすることが少なくなった今。田畑の隅の方で咲くレンゲソウの前に立ち止まっては、映し出される遠い思い出。幼い頃、花冠た首飾りにしたレンゲの花。今はただ、優しい記憶が消えないように、…と。
ページトップヘ前のページに戻る
エゴノキ 5月号/No.156 
青々しく風薫る、初夏。まばゆい緑の中、エゴノキの花は咲き始めます。真っ白な花が鈴なりに。うつむいて花開く姿は、まるで恥らう乙女のよう。
種子に痰を取り去る効き目がありますが、毒性が強く、処方が難しい生薬。しかし、その毒さえも、うまく利用したのが、豊かな知恵を持った先人たち。種子を包む厚い皮に含まれるエゴサポニン。その毒で魚を捕ったり、石けんで手を洗うときのように泡立てて使ったりも。
雨に打たれてしまうと、静かに花は散り…。エゴノキの周りにだけ、雪が降り積もったように。エゴノキの花は五月のスノウベル(雪鐘)。そんな美しい呼び名を持っているそうで。
夏の訪れを奏で、雨とともに春と別れを告げ、散りゆく様は、駆け足で過ぎてしまう乙女の頃のよう…。
ページトップヘ前のページに戻る
オオバコ 6月号/No.157 
草をかき分け、茎が太くて強そうなオオバコを探し、いざ勝負。引っ張り合いをして相撲をとった草といえば、ぴんとくる植物でしょう。
車に踏まれても育つ草という意味からつけられた生薬名が、車前草(しゃぜんそう)に車前子(しゃぜんし)。車前草(全草)の効き目は下痢止め、止血、利尿など。また、車全子(種子)は咳止め、腫れ物に効果があります。草の間から伸びた花茎に穂状に咲く白い花。初夏から花が咲き始め、秋になるとたくさんの種子が。何かに踏まれると粘液を出す種子は、その粘り気によって人の衣服などにくっつきます。
そうして運ばれた先で、またどんどん仲間を増やして。そんな風にして、たくましく生き抜こうとするオオバコを見つけたとき、“がんばって”と声をかけてしまいそうに。
ページトップヘ前のページに戻る
ユキノシタ 7月号/No.158 
岩の割れ目に生えるというユキノシタ。葉は丸く、濃い緑。すらりと伸びた茎の先には白い小花。5枚弁の2枚の花びらだけ大きいから羽に見えてしまって。まるで葉の上に集う白い妖精のよう。
雪には縁遠い、太陽が日一日と眩しくなる初夏に、その花は咲き始めます。ユキノシタの名は表は白、裏は紅梅の装束のかさねの色、「雪ノ下」になぞらえられたから。葉の裏がうっすらと紅色なのです。
その美しい葉の生薬名は虎耳草(こじそう)。生薬のしぼり汁は中耳炎に、火で焙ってやわらかくした葉はしもやけや腫れ物に用いることができます。
ちらちらと…雪が舞う頃。
春めく時を心待ちに、白の衣を纏う女人たち。その足元にはユキノシタが春を待ちわびて―。
ページトップヘ前のページに戻る
 8月号/No.159 
露を含んだ茂みで見つける青い花。透けるように薄い花びら、それはツユクサ。
花咲く時期のツユクサは、全草をくすりとして用いることができます。生薬名をオウセキソウといい、解熱、下痢止め、むくみを解消する作用があります。
朝咲いた花が、昼前にはしぼんでしまうから。
まるで朝露のよう・・・とつけられた名前なのだとか。
古くツキクサと呼ばれたのは、青い色が着きやすいことから‘着き草’と表され、和歌で詠まれた多くは‘月草’と。
長期にわたって花を咲かせるものの、個々の花は一日花。その儚さが、満ち欠ける月のように思えたのでしょうか。
露が乾くように消えてしまうツユクサに。私達が惹かれてしまうのは、移ろいの儚さ?
万葉時代の人たちも、同じ思いでこのみずみずしい青い花を見つめて―。
ページトップヘ前のページに戻る
 9月号/No.160 
奈良時代末期に、唐代の中国から伝えられたキク。
菊花(キクカ)という生薬名にて、解熱、鎮痛、消炎の効果があるとして渡来した薬草でした。
平安時代になると―。
日本では9月を菊月と呼び、9月9日を重陽の節句とします。
その日、宮中の貴族たちは、菊花を浮かべた酒を交わし祝い、願ったのは長寿と繁栄でした。それは正に菊の宴。美しい菊の花に、邪気をはらう力があると信じて。
今のように観賞用としての多品種の菊が一般に広まったのは、江戸時代も終わりのことです。
平安貴族のたしなみのひとつであった菊の鑑賞。菊を詠った和歌を競い、菊の美しさも競わせたのだと。
永遠のようで、終焉を迎える月夜の宴にて、菊花酒を口しながら乱舞する菊を愛でては。
ひと時の夢に酔いしれたのか…。
ページトップヘ前のページに戻る
 10月号/No.161 
平たく先の尖ったヒオウギの葉。茎を中心にまるで剣のような葉が扇形に何枚も広がります。その姿が、平安時代の貴族が用いた『桧扇』に似ていたことからヒオウギと。花は夏、赤い斑点入りの橙色はとても鮮やかなのに、慎ましい印象の花です。
枝分かれした華奢な茎先に咲く花を見ていると、女性の姿が目に浮かびます。風に揺れる花々が、まるで柑子(こうじ)色の衣を纏った天女の舞のよう。くすりとして用いる根茎は生薬名を射干(しゃかん)といい、喉の痛み、咳止め、利尿などの効き目があります。花が終ると果実を結び、秋になり、熟して割れると中から現れる黒くて丸い種。中国では、艶やかに光るその種を射干玉(ぬばたま)と呼び、生薬名もそれに由来します。
ヒオウギの花は一日だけの命。夜にはしぼみ、次の朝に開くのは、また別のヒオウギ。
夜、闇、髪、夢などの枕詞として、和歌で詠われている“射干玉”。太陽が照らす橙色の花に魅せられ、眩しい夏が過ぎてしまうと―。その先に待つのは明けることのない夜?それとも目覚めぬ夢?
ヒオウギの儚い美しさに心奪われてしまわないように…と、虚ろな夢を桧扇の剣が刺し貫いて。
ページトップヘ前のページに戻る
 11月号/No.162 
山の木々が錦に色を変える季節。真っ赤に染まるハゼノキは、ひときわ目立つ美しさです。
その果実はロウソクの原料に。奈良時代より用いられ始めたロウソクは中国から輸入されたもので、宮廷や寺院でだけ使われた貴重品でした。
天正19年(1591)、中国よりハゼノキの種子を手に入れたのが 筑前の貿易商、島井宗室や神谷宗湛で、天和年間(1615〜1623)には販売の独占権を握っていたとされています。そのころ、当館の建っている辺りでも広く栽培され、古い文献にはハゼノキを管理する「櫨方(はぜかた)」という役職があったことが記されています。 秋に熟す丸い果実。それから搾り取られる木蝋はロウソクだけでなく、坐剤や軟膏の基材にもなります。また、根の皮は止血や腫れ物の解毒のくすりとしても用いられてきました。
むかしから『はぜもみじ』として、もてはやされてきたハゼノキ。 その彩りは、秋の夕日にも似た燃えるような赤。
ページトップヘ前のページに戻る
 12月号/No.163 
秋の終わりから冬の初めにかけて咲き出す、サザンカの花。冬枯れのこの淋しい時期に、赤や白の彩りの見事なこと。
日本のみに自生するサザンカでしたが、自生範囲が限られていたことから各地で改良され、一重、八重、千重咲きなど、大きさも大輪から小さなものまでさまざまに。その古典園芸が、今に受け継がれています。
漢字で『山茶花』と書くのは、ツバキの中国名である山茶花と取り間違えられてしまったからなのだとか。サザンカとツバキ、いずれも西洋ではカメリアと呼ばれているほど、時に区別がしにくいもの。
決め手はサザンカには香り。そして、花全体がボトッと落下して終わるツバキに、花びらが一枚ずつ散ってゆくサザンカ。ツバキと同じく、実から採れる油が軟膏の原料として用いられます。
むかしから日本の冬景色を美しく染めたサザンカの花。
寒さに向かって咲き始めるそのひたむきさが、日本人の心を映しとっているように感じられて…。
散ってゆく花びらの下には、微かに春の香りが―。
ページトップヘ前のページに戻る
Copyright(C) 1997 中冨記念くすり博物館 all rights reserved.